12月

すでに、総括やベストの時期なのか?
今年は、ぜんぜんまとまらない感じです。

ミシンを山から持ってきて、早速リネンのバスタオルで枕カバーを作った。
作ったともいえない簡単さ。
お裁縫の本て難しい…あの展開図を頭の中で組み立てたりするのにいまひとつパワーが足りない気がする。
実地で学習か。

図書館通いは続いている。
引き続き千住真理子。
練習の仕方や気持ちの切替など、何かを学習するひとには役に立つことが書いてあった。
(練習の仕方も先生が自宅に教えに来てくれたらしい)
レパートリーのリストがすごい(アタリマエだけど)。
表紙裏にびっしり書きこみのある楽譜が使われている。
そうそう、こうやって余白がなくなるほど書き込みをしたものです。
弾くときに書いたことを読んでたら間に合わないのだけど、そこに書くことがすごく重要なのよね。
同時に脳内にも刻んでいるんだと思う。


ヴァイオリニストの本では、以前、諏訪内晶子の本を読んだことがあった。
ちょっとタイプの違う、でもクレバーという点では同じだった。
諏訪内晶子はもっと勝ちにいくタイプな気がするけど。

冒険ものの流れも続いており、


二人とも実に文章に優れている。
自己表現としての冒険。ノンフィクションに命はってる感じ?
それは体をはった冒険ということだけではなく、
自己表現というのは自己満足に陥りやすい(というかほとんどソレ)だけれども、
冒険という他人にはほぼ理解されえないことを、文章で他人に伝えることに命燃やしてる。
その熱量が二人ともすごく、でも各人で炎の色や形が違い、丁々発止なやりとりもあり、面白かった。

人生半ばを過ぎたと思われるのに、なぜ今更冒険なのかなぁ?
いや、ここまで来たからこそ冒険なのか。
年をとり昔できたことができなくなるという、自分のなかの異質な感じ。
自分のエネルギーが枯渇してきて、さあどうする、という危機感とか。
何より、周りに「死」が垣間見えたそのとき、
全然、肉体に自身がなくインドア派で安全パイなワタシには、
これからの道というものが何か冒険のように見えてきたのかも。

予定調和やマンネリとは悪い幼馴染みたいに一緒なんだけど、
そういうものの手も離れていく時期なのかな。

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# by Bird_W | 2018-12-04 08:30 | つぶやき 世間話 | Trackback | Comments(0)

ちょっとずつ

久しぶりにハナにあう。
少しだけ開いた引き戸を、前足で開けると
だーーーーーっと脱走するところを後ろから目撃。
「格子戸をくぐりぬけ♪?」
嫁に行く気配はない。

今期のユニクロ(というような大層なものでもない…)では、素材を見て買うことにしている。
乾燥肌に化学繊維はどうも優しくない。

なぜかメランジウールのメランジ感が気に入って、
去年はグリーンのセーター、今年はネイビーのロングカーディガンを買った。
あまり人気のない商品なのか、価格が下がっていた。

今年はラップスカートというのを買おうかと思ってる。
パジャマやレギンスの上に履くとあったかいかも。
ぜんぜんおしゃれではないため、定価で買う気がしない商品。
なんだかんだいって、ユニクロも無地もなんだかんんだと値段を下げるためもあり、
定価で買う気がそもそもないのか。

また山の家ではアタマが寒くて目が覚めることがあるため、ナイトキャップ???も探している。
フード付きネックウォーマーというのを数年前に買ったが、もう売っていない。
キャスケット付きネックウォーマーはあった。
が、寝るのにキャスケット。。。
そしてキャスケットとネックウォーマーの姿は、
イスラムの方のよう。。。
あざーーーん?

ちなみにこういうスキマ商品は通販が強い。
去年買えなかったから今年!という行列さえでき、狙っていた裏ボア付きデニム風ロングスカート(山では使っている)は、すでに完売。

夏はツラそうだったハナ。
その毛皮がうらやましい季節がやってきた。
イイ感じであぶらものってて、乾燥肌(?)とかないんだろうな。
あ、夜用の何か強力なやつ買わないとなぁ。

そんなこんな。


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# by Bird_W | 2018-11-28 22:27 | つぶやき 世間話 | Trackback | Comments(0)

南の花は

少し前のことだけど、
箱根に絵を見に行った。

岡田美術館の『田中一村』展。

日本画というものは、もうひたすらに美しい、
それも日本的に予定調和として細部に至るまで美しいものだと思う。

田中一村は独特。独特…ていうのも違うのか。
神童と言われた日本画家が、
日本画としての静謐(そもそも絵には音はないが、動きという意味の静かさ)を保ちながら、
奄美大島という「南」で見出した日本画の新たな水平線、というのかも。

奄美大島で数年かかって絵の具代を稼ぎ、お金がある間が創作に励み、
展覧会を開くことを目標とし、毎日散歩をし動物や植物を観察し続けた、貧しさの中でも明るい目をした画家。
そういうヒストリーも、日本画がイメージさせる大家とは違う。

メインストリームにはのれなかったことなど、
日本画を良く知る人に、
「お師匠さんとかいわなかったのかなぁ」とか素人丸出しできいてみた。
そういうのは、言う方も言われる方も、難しいものらしい。
言ったがために、描けなくなってしまったりして、自殺してしまうくらいシビアなものだとか。

そういう意味では、自分の世界を苦難のうちにも見出し、描くことができたということなのかも。
展覧会では、技術を見せびらかすように書くことはしない、わかる人だけにわかればよい、というような文言の色紙もあった。
絶筆となった『アダンの海辺』では署名がない。署名するだけの力さえ残っていなかったとしているけれど、これは俺にだけしかできない、俺の絵という自負もあったのかな、とか考えたりした。

没後110年か何か記念の年回りもあり、各所で展覧会(フランスでも)あったせいか、
作風の変遷を見るには点数が少なかった。
好き好きある絵だと思うが、
気迫のこもった作品に、枠というものの明るい破壊を見た。

岡田美術館自体は2回目だったのと時間的にあまり見られなかったが、
東洋のコレクションの点数はすごいものがあり、クロノロジーに沿ってみられるのと、外の足湯がおススメ。









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# by Bird_W | 2018-11-27 08:30 | 音楽 美術 映画など | Trackback | Comments(0)

メイプルシロップ色

図書館で見つけた本。


天才美少女ヴァイオリニストの系譜は長い、
その中では音大卒ではなくキャスターなどもやるマルチタレントの草分けである千住真理子。
線が細い外見とはちょっと違う、ヴィルトゥオーゾタイプではないが、のびやかで深い美音の人。

ストラディバリウス購入までのお話がとても面白かった。
ふつうの家で億単位(現在は3億ともいわれる)のローンを組むのも大変な話。

以前、テレビで千住真理子がストラディバリウスを弾いた。
音色の違い…というのをテレビでって、よく引き受けたなぁと思った。
それは、聞いている人にこの音をなんとかして伝えたい…という気持ちは良くわかるものだった。

音色という色もまた混ざり具合。
それは沢山の音色を聴き、音を探し音で世界を作るということに心を砕いてきて、初めてわかるものなのかも。

ストラディバリウスは、倍音のよく出る楽器らしい。耳に聴こえるというか体で鳴っているような。
自分の想像する音を超えた音色が聴こえたとき、それはどういう感じのするものなのだろう?

このストラディヴァリウス・デュランティが、千住真理子というヴァイオリニストを選び、
千住真理子はそれを手にするために、人生を賭けたということなのかも。
この楽器は人生の伴侶というように書かれていた。そうね、道連れなのかも。

楽器を弾きながら光の方へ上っていく。
ニスの色、深くて明るい蜂蜜がかったメイプルの色、その階段を踏んでいく。

また最近、YouTubeなどで動画を見たり、コンサートに行きたいなと思ったりしている。
昔はあまり好まなかったものが以外に良かったり、
決めつけるものでもないなぁと感じた。
耳を傾け、心を開け。


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# by Bird_W | 2018-11-26 08:30 | 音楽 美術 映画など | Trackback | Comments(0)

文鳥は旅立ち、私は日誌を続けています。(カテゴリーは整理中です)


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