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懐かしの小部屋

夏の語学学校がまだそんなにメジャーじゃない頃。
とにかく行ってみた。大学寮を予約して。住所ないと困るから。
大学寮って大学構内で通いやすいイメージ。
それが…すごかった。部屋は仕方ないとしても、、、

大学はだだっ広く、照明が少なく木が多い。日が暮れたらやばさ満載。大学は近くてもスーパーは遠い。鼻毛が真っ黒になりそうな(ディーゼル車高率)国道沿いをテクテク行かねばなりません。
大学寮には大学生はいない。そうなんです!皆、不便な大学(大学はキャンパス確保の必要上町外れにある)ではなく、楽しい町中に。若者ですものね。
いるのは… こういってはなんだが、大家族系の移民です。女性は髪の毛をちらとも見せない国の男性が、寮の入り口にたむろしていて、ロングヘアにノースリーブの女性を食い入るように(全く遠慮はない)見ています。ヨーロッパ人は慣れているが、アジア人は視線そのものに慣れていないから、すごいイヤーな雰囲気。
フロアでシャワートイレ共同。リスキーなのでサンダル着用でシャワー浴びて逃げるように部屋に帰る。覗かれてても不思議ないような環境。
この条件下で「それが何か?」とフツーにしてたのは団体様(仲間でフロア借りるからね)と、ソ連東欧(当時)の人たちだけだったわ。
十年後くらいにまた大学寮に入らざるを得なかったことがあり、事務がずさんでワタシだけフロア違いになってしまったとき、「絶対嫌です!」と叫んだ。。。

 そんなとき、友人と「絶対ここを出よう」と誓い、探しまわって見つけた寮。懐かしの部屋がウェブにあった。
 昔の修道院が工場の寮になってその後女子寮になった。町中で日が暮れても大丈夫で買い物もラクで、ベッドはなくてマットレス。客人が来るときには届け出して、マットレスとベッドリネンを借りられる。中庭があって風が通って。特になんてことのないフツーの部屋で机も本棚も簡素なものですが、なんとなくカワイイのはドアの色のせい?家具のちぐはぐ感ゆえ?

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by Bird_W | 2013-10-31 07:01 | Trackback | Comments(2)

マッキーナ

 イタリア映画の話をしたらイタリア語を聴きたくなる。
 ラ・ミア・マッキーナってワタシの車(マッキーナってマシン=車と思う)、男性が歌ってたら僕の車だよね?つまりは、オレの車。オレと書くとどうしても、au lait とつながってしまう。で、自分に言い聞かせるわけ「だから、オレ(俺)だって」。これが「ダカオレダッテ」で、後半部分がつながってしまって、「…ラッテ…」になってしまって、カフェラテ。

 そういう長い前振りはともかく、

 イタリア語はいいなあ。母音が優しくて。悲しくても明るいのよ。怒っててもスキだらけなのよ。
 歌詞は全然わかんない。でも「僕の車でキミと旅したね、いま、キミはいなくて僕はひとり。寂しいよ、キミなしでどうやって旅に行こう…」みたいな感じかと想像したりして。
 日本では知られてない人ですが、イタリア語がききたいとコレ。たぶん、イタリアのさだまさし?ぽい。
 


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by Bird_W | 2013-10-30 21:24 | Trackback | Comments(0)

Twin Stories

ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版 [DVD]

角川映画



 「この映画は完全版があるから、絶対見て」とイタリア人に言われた。Nuovo Cinema Paradisoがこの映画のことだって、しばらく経ってから知った。映画の舞台になったような山間の村に住むイタリア人で、複数のRが含まれる名前がいつも発音できなくて「ダメだね…」と笑われた。

 劇場版と完全版の違いに関しては様々な意見があるらしく、このサイトが詳細。これを知ると、ラストシーンの主人公の涙やはまた塩辛さが違うんだよね。ストーリーの結び目がばらっとほどけてまた結ばれていく。

 『ひまわり』にもちょっと似てるかな。でもあれにはアルフレードはいなかった。

 初恋は成就しない。初恋の人には二度出会わない。なぜって、再会したときには、自分そのものが変わってしまっているから。もちろん、相手も。

 Here and now. Ici et maintenant.

 
 

 
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by Bird_W | 2013-10-29 06:54 | Trackback | Comments(0)

後ろ姿

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「よろしく哀愁」
なんつって。
コーヒーを買いに行ったご主人をWaitingの図。
アタシ、待てる女ヨ?
時々、ヤツは脱走する。
冬毛を刈ってやらんとイカンな。
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by Bird_W | 2013-10-28 21:38 | Trackback | Comments(0)

ステップ

 今年はコレを履こう、と取り出してきました。

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 ビロードのスクエアトゥ。パリのGaleries Lafayetteで靴売り場のにーちゃん(←としか思えない)にごり押しされて購入し、そのまま靴箱で数年。サイズが大きかったんですよ。が、厚手のタイツならば逆にいいんではと思いました。

それと、ゴルティエの靴。フツーだけどシルエットの美しい靴なのです。写真がないけど。黒い紐靴です。重さのバランスが良くて疲れないんです。

 二足とも今年は思い切ってお直しです。6年目ですからね。スクエアトゥは皮底にゴムを貼り、紐靴はステッチの解れ縫い直しとかかと補修。

 この修繕専門店に出してみました。出来た当初はこういう店で駅ビルでやっていけるのかなと思いましたが、それなりに繁盛しているみたい。靴紐いろいろあって替えてみようかな。

 古着屋さんでMaxmaraのハーフコートとコムデギャルソンのジャンパースカートを買いました。ハーフコートはリアルファーの襟(取り外し可能)とライナー(取り外し可能)、ポケットの口に皮のパイピングがついていて、イタリア人が集中力高まったときのアイデア+技術満載で、「こんな細かい仕事できるんだったら、いつもそうしてくれればいいのに」という感じ?
 コムデギャルソンは三つくらいの素材(チェックのウール、ネックラインから上がグレーのツイード、薄手デニム)を合わせた、また「らしい」お仕事で。むかーしここのワンピースを持っていましたが、値段だけの仕事はしているよね~と思いました。なんでもないフツーのワンピースなのに、襟の大きさからフレアーの出方、ベルト通しひとつとってもなんか違う。「これでいっかー」的な部分がなく、良く考えてあるなと思う。そして「日本の職人的こだわり」が。ムラカミハルキの「日出ずる国の工場」を思い出しました。コムデの服は下町の熟練職人がパターンから起こして「お?こーなるのか」とかワクワクしながら作っている、というアレです。

 その古着屋さんはおかしくて、別のお客さんとの会話によると、日頃はパタンナーとして働いてるらしいのです。自分が好きで「あの頃は人間としてひどかった」的に買い狂っていたとか。だから7割は自分の好みのメンズ。そのお客さんもアパレル関係者のオーナーさんで話が盛り上がっていました。土地柄?住宅街の割に人の行き来が多いよ。

 で、じゃあ女性のものは誰が仕入れて?というと「あ、それは彼女が…、彼女の私物も…」。思わず、「思い出の一着提供ですか?」って笑ってしまいました。
 とりあえず、私が購入したハーフコートとジャンパースカートには再度アイロンをかけてくれるそうです。「ちょっと、、、アイロンが甘いですよね?」って。明日帰りに寄りますって、地元だから。

 ま、その他、人間の健康診断とか皮膚科とか、近くのお店散策とか。いや小さな雑貨屋さんや玄人筋な帽子屋さんとか。ひさびさにゆっくり気ままな平日のお休みでした。ステップというのかリセットですね。
 
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by Bird_W | 2013-10-23 18:00 | Trackback | Comments(0)

蝶の道しるべ

 10年前くらいに見た夢だった。

 ワルツのリズムでシーンが展開して、
 ダイニングテーブルには引出しがあって、銀のカトラリーが揃っていた。
 壁に立てば扉がベッドルームに続いていた。
 踏み出せば部屋があって、
 ジグザグの回廊が闇の中に赤く浮かんでいた。

 しまった。
 道に迷った、と思ったときに、
 前方で紫の蝶が羽ばたき、銀色の鱗粉を落としていった。
 美しさに胸が躍ったとき怖さを忘れて、目が覚めた。
 
 マッチ売りの少女は売れ残りのマッチでこんな光を見たのかもしれない。
 私は生きていたけれども、
 怖いほど闇が深いときには蝶の夢を思い出していた。
 何度も強く思い描いていた。
 銀の粉がゆらっと舞い落ちて、私の行く先を照らす。
 その白い湿った輝きに導かれ、いっとき闇の深さを忘れて。

 ずっと眠らなかった。

 
 
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by Bird_W | 2013-10-17 07:37 | Trackback | Comments(0)

狐とシーツ

友だちが下宿していた大きなお宅。
第二次大戦中にはここからユダヤ人が逃げただろうな、と思うような高窓のあるトイレがあって。
家主はおばあさんでした。
2階を部屋貸ししてた。
3部屋くらいそれぞれ下宿人がいて、キッチンとシャワーは共同で。
そういう場合、シーツがつくこと多いんだ。
大家さんがシーツを替えてくれる。
新しいシーツは狐の皿に載ってくる。

狐の皿?

それは鉄でできた狐の置物。
ふと思いついたように後ろ足だけで立ち、前の手(足?)に大きめな鉄製の皿が載っていた。
玄関にあって鍵などを置くようになってたんだと思う。
だだっ広い玄関のスロープ階段の前で待つ狐が、いかが?というように皿を捧げ持っている。

そこにシーツがあって。

二週間ごとに大家さんは皿に洗い上がってピンとした白いシーツをのっけてくれるんだそうで。

あの狐、写真撮っておけば良かったねと、今でも友だちと話すことがある。
狐につままれたってそれは日本の言い回しで通用しないけど。
狐に包まれたとなぜか言いたくなる。

ちょっと、この狐に似てる。

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by Bird_W | 2013-10-17 06:10 | つぶやき 世間話 | Trackback | Comments(0)

最近のはまりもの パートツー

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ハナちゃん、といいます。秋田県じゃないや秋田犬。もとい秋田小町。生まれたときからの色白秋田美人よ。

和犬大好き。

ハナちゃんというからには鼻から入るの図。

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お肉の匂いがするのよ~、アタシの分は?てなカンジで。
ベリッ

追伸:マンション管理規約により都合で山のYさんちにいます。よろしゅうに。
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by Bird_W | 2013-10-16 21:29 | Trackback | Comments(2)

Youの登場

 先日のエントリでちょこっと書きましたNorwegian Wood。第2章で、直子との関係が徐々に深まっていくときは、Waltz for Debbyでした。



 のーべる賞なんかとれなくていいじゃないか?

 しかし、英語版でなぜはっきりわかったんだろう、とずっと考えていた。
 そっか。そこには『I』があるんだった。僕という一人称を埋め込むタイプの文体は、英語に訳しても違和感はないんだけども、日本語だと私はなんとなくその”僕”が多すぎると感じていて、でも英語にするとあって当たり前なんだった。
 日本語では僕の宇宙の中の直子であって輪郭が点線くらいなんだ。英語にすると登場人物がよりくっきりと現れる。『僕』と直子と。だから恋心がより激しく(?)聞こえます。もちろん、オーディオブックで聴いているからってことはある。耳はさらにさらに人称がとばされる日本語の会話になれているから。

 そうか。

 かねがね、私のブログには何かが足りないと思ってた。そこに私のある種のこだわりというのか敷居感でもあった。ほんとのところ、追い詰まると外国語になる癖があって。愚痴はフランス語とかそういうの。お洒落じゃなくて単に、私は日本語では愚痴の言い方を習わなかった。文句や意見は言えるんだけどねえ。紙の日記でも愚痴はフランス語です。
 加えて、人物はそのまま描かなかった。それはまず、家族の問題は表面化させないという掟から始まって。キョーダンに立っていたころからのマナー。生徒って誉め言葉でも傷つくでしょ。だから、始まりから描けることは限定されていたのです。デフォルメにデフォルメを加えて。抽象的になるから、またこれが小難しくなる。
 いろんなジンクス。

 自分は誰かを傷つけることを絶対にしてはいけない、ということ。そういう十字架みたいなもの?自分でしょっちゃってるわけで。理由はいろいろだけども。誰かというのは、両親とか家族とか木霊みたいなもの?

 そういうのももういいと思うの。悲しませたり傷つけたりしていい、というのではなくて、始まりから規定に縛られなくてもいいんじゃないかってこと。やっぱりそのときその場にならないとわかり得ないことがあるんだよね。過去は未来に集約されるものであって、逆じゃないから。

 ん、だから、登場人物をね。
 『You』すなわち『Y』を、登場させてみようかと。『I』は十分すぎるほど私にはあるから。

 まずはIそしてYね。次はWeか。そんでワルツを踊れるのかもしれないね。折り返し地点はturning pointでワルツにはターンはつきもので、ターンができればダンスはいつもto be continued...
 
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by Bird_W | 2013-10-13 01:04 | つぶやき 世間話 | Trackback | Comments(0)

No progress

探し物をしてたら、思いがけないものを見つけた。
昔の自分が書いたようだ。20年は軽く前。。。

「なぜ、ふつうに目に映るもの、風景ではなく、あの単なる色の組みあわせが秋のまえぶれなのか。
ーなぜ色が?もし物に色がなかったら、そのものは視覚的には認めることができない、形もなしていなかったつかまえることはできない」

なんたらかんたら。
以下略ですが、プラトンまで引用してるよ、読んだ覚えないのに。ウィキペディアはありませんでした。

「言葉が足りてないというのは、
構築の要素が足りないので、鮮明さに欠けるということ」

スミマセン。
スミマセンです。
仰るとおり!

いつまでも言葉が足りない感じですよ。。。

あ、これは当時パウル・クレーが好きだったので、その中でも最も好きだった『秋の前ぶれ』という作品について書いてたみたいです。ポストカードでもらったのが気に入って、この絵を見にベルンまで行ったのですが(壮大すぎ)、、、パウル・クレー・センターがその後できたんだ。当時は市立美術館だったかな?この作品は展示されてませんでした。あ、行ったのが春だったからかなあ。でも常設展でクレー三昧というのだから、ある意味贅沢な。

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キレイな絵です。パウル・クレーについては日記読んだり手紙読んだり、好きだったな。画家ですが音楽もかなりできた、というところがなんとなく。日記では暗ーい感じの人です。それは時代もあるし経済的に苦労の絶えない人で、奥さんがピアノ教師して生計を立てた。今で言う専業主夫か。最後は長患いでした。

いろいろと恥ずかしくも書いてあるのはとばす。
最後の方に、

「これっぽちのことを考えてたのか!ーかなしい、やれやれ」
「もう”秋の前ぶれ”なんて時期じゃない。春の前ぶれの前ぶれくらいだ」

ひとりで突っ込んでるし。
おかしーね。

何もかも考え過ぎだよ。
これは、木曜症候群だな。
結構疲れてきて、週末まであともう一歩なのにそこから脚が重い感じ。
あーだるだる!
オトナってこんな感じ。
(エントリーは予約投稿です)
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by Bird_W | 2013-10-04 06:00 | Trackback | Comments(0)

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